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セキセイインコの鳴き声が「私を救って?」と聞こえたのはこころのSOSサインだった話

セキセイインコの鳴き声が「私を救って?」と聞こえたのはこころのSOSサインだった話

私が中学2年生の頃、フラフラとデパートに行くと、ペットショップに雛のセキセイインコが売られていた。

かわいい声でピーピーと鳴いている。

雛鳥たちの鳴き声に吸い寄せられるように近づき、しばしの間、雛鳥たちを見ていた。

ただ眺めているだけで癒されるような感じがしたのだ。

特に黄色い色をしていて、目が赤い雛のセキセイインコを人目見て気に入った。

ピーピーと鳴いている声が 「私を救って? 私をここからだして?」

そんな風にさえ聞こえた。

この頃の私は少しノイローゼ気味だったのかもしれない。

中学1年生の頃から約1年、私は父親といっさい口を聞かない生活を送っていた。

家に父親が帰ってきたら、絶対にみんなの集まるリビングには行かなかった。

部屋から一歩もでなかった。

もちろん夕食も母親に部屋に運んでもらわない限り、絶対に食べなかった。

今にして思えば思春期特有の反抗期だった。

部屋に閉じこもる生活は1年以上続くことになるのだけれど、人間というのは1人では生きていけない。

毎日そんな生活を送っていれば、寂しくなってしまうしノイローゼぽくなってしまう。

黄色いセキセイインコの雛鳥から、 「私を救って?」 と聞こえたのも、今にして思えば、「自分のこんな生活を救って?」と自分自身に向けた悲痛の叫びだったのかもしれない。

電車に乗り、右手でつり革をつかみながら揺られている私の左手には鳥かごが握られていた。

黄色いセキセイインコの雛鳥がかごの中に入っていて、電車の中でピーピーと鳴いている。

私は衝動的に親にも相談せず、雛鳥を購入したのだ。

そんな私はかなりの頑固者!

幼稚園の入園試験にひとりだけ不合格になり、近所の子供たちが近くの幼稚園に通っているのに、ひとりだけ遠くの幼稚園に通った。

幼稚園に行くのが嫌で、毎回幼稚園の送迎バスがくるたびに母親の手を離さず泣き叫んだ。

そんな泣き虫だった幼稚園児の私は強情だったらしく、弟は無事に近くの幼稚園に入園をパスし元気に通っていたのだけど、弟の運動会の時、父親と言い争いになった。

そして運動会に行かずにひとりで待っていた。

しかも外で。

たぶん 「そんなに行きたくなかったら外で待ってろ!」 と父親に言われたのだろう。

もちろんドアの鍵は閉められ、中に入ることはできなかった。

私は家の1階のベランダでひとり寝そべって、ずっと空の雲を眺めていた。

バカみたいに眺めていたっけ。

父親と母親と弟が運動会から帰ってくるまで、ずっと雲の動きを見ていた。

それが私の頑固者のはじまりだった。

石川パパン

時代もあったのかもしれないのだけど、当時、幼稚園児だった私がひとりで外で待つのは、今にして思えば、非常に危険だったのではないかと思います。

私も親になり、娘がいますが、保育園児の娘をひとりで外に待たすことはさせないでしょう。

今の時代、誘拐、行方不明、様々な危険なことがありますから。

衝動的にセキセイインコを購入したのは、私自身がひとりで生きていけない。こころのSOSのサインだったと思います。

セキセイインコの鳴き声が「私を救って?」と聞こえたのはこころのSOSサインだった話

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